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高松高等裁判所 昭和47年(ネ)238号 判決 1973年8月08日

二二五号事件控訴人、二三八号事件被控訴人

(一審原告)

有限会社由起建築設計事務所

右代表者

桧作勉

右訴訟代理人

近石勤

二二五号事件被控訴人、二三八号事件控訴人

(一審被告)

山内石炭石油株式会社

右代表者

山内清道

右訴訟代理人

小早川輝雄

主文

一  一審被告の控訴を棄却する。

二  一審原告の控訴にもとづき、原判決中、一審原告敗訴の部分を次のとおり変更する。

(一)  一審被告は一審原告に対し、金四〇万円およびこれに対する昭和四四年一一月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

(二)  一審原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、一・二審を通じてこれを五分し、その二を一審被告の負担とし、その余を一審原告の負担とする。

四  この判決の二項(一)は一審原告において金一〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

一審原告訴訟代理人は昭和四七年(ネ)第二二五号事件につき、「原判決中、一審原告敗訴の部分を取消す。右部分につき、一審被告は一審原告に対し金二五〇万円およびこれに対する昭和四四年一一月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は一・二審を通じて一審被告の負担とする。」との判決と金員支払の部分につき仮執行の宣言を、同年(ネ)第二三八号事件につき、「一審被告の控訴を棄却する。控訴費用は一審被告の負担とする。」との判決をそれぞれ求め、一審被告訴訟代理人は、昭和四七年(ネ)第二三八号事件につき、「原判決中、一審被告敗訴の部分を取消す。一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は、一・二審とも一審原告の負担とする。」との判決を、同年(ネ)第二二五号事件につき、「一審原告の控訴を棄却する。控訴費用は一審原告の負担とする。」との判決を、それぞれ求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加するほかは原判決の事実摘示と同じであるから、ここにその記載を引用する。

一審原告訴訟代理人は、次のとおり補足陳述した。

一  一審被告は、一審原告がした設計(以下本件設計という。)が工事費の点で設計依頼の趣旨と全く異なるとして、債務の履行を争つているけれども、設計依頼の際には、一審被告から総工事費の予定額を約一億円と告げられており、一審原告はその工事費をもとにして設計図を完成した。ところで、この設計図により業者に工事費の見積をさせたところ、一部の業者が一億二、〇〇〇万円位の見積を出したものもあるが、しかし、予定の工事費よりも1.2割見積額が高く出るのは業界の通例であり、工事請負契約の際には1.2割の値引があるのもまた業界の通例であつて、前記のような見積が出たとしても、これにより一審原告がした設計が債務の本旨にしたがつた履行でないとはいえない。

一審被告は総工事費の予定額を七、〇〇〇万円と主張するけれども、総工事費の予定額は一億円であり、ただ、設計図の完成引渡日の六日前になつて突然七、〇〇〇万円に資金計画を縮少したいとして一審被告から設計変更の申入れがあつたが、時間的に間に合わないので拒絶し、設計変更をしないで予定どおり設計図を完成し引渡すことになつたといういきさつがあつたにすぎない。

なお、一審被告は、設計図に構造計算書がついていないことをも、債務不履行の一理由として主張しているが、構造計算書は本件設計図により建築確認申請をすることが決つた段階で早急に作成するつもりであつた。それが業界の慣例である。

二  当事者間において、本件設計の報酬につき、少くとも二五〇万円とする旨の合意があつたことの事情は次のとおりである。

本件設計にかかる建物は、一審原告一審被告から従前何回かにわたり設計を請負つた石油スタンドなどの建物とはその規模、デザイン等において大いに趣を異にする画期的な特殊の商業建築であり、設計図の完成のため一審原告は他の仕事の大半を犠牲にし、約二〇〇万円に及ぶ人件費をかけ、五・六か月の期間を費し、精魂を傾けて完成した大作である。総工事費の予定額も前記のとおり約一億円であり、右実費に最低の利益五〇万円を加えた二五〇万円を設計料として支払うことが暗黙裡に合意されていた。このことは、業界の慣行、経験則等に照らして容易に認められる筈である。

三  かりに当事者間に報酬額の定めがなく、裁判所において相当報酬額を定めるべきであるとしても、原判決が認めた一〇〇万円は過少である。設計図のうち設備工事部分が他社の作成にかかるものであつても、それは一審原告がその責任において、他社に依頼し、手足として仕事の一部を分担させたものであり、他社作成の部分も一審原告の作成部分と一体をなすものとして、一審原告の作成にかかるものとみるべきである。業界においてもこのような場合には設計料を減額することはない。したがつて原判決が本体工事部分と設備工事部分とを別にして、本体工事部分についてのみ報酬額を算出したのは不合理である。また相当報酬額を本体工事部分の工事費五、〇〇〇万円の二パーセントとした、算出の基礎、割合とも低くすぎる。少くとも三パーセントとすべきであり、もし二パーセントとするならば、総工事費の予定額である一億円(少くとも一審被告主張の総工事費予定額八、〇〇〇万ないし七、〇〇〇万円)の二パーセントとすべきである。

一審被告訴訟代理人は次のとおり補足陳述した。

一  一審被告が依頼した設計は総工事費の予定額が七、〇〇〇万円(本体工事費約四、八〇〇万円、設備工事費二、二〇〇万円)のものであつた。しかるに、一審原告が設計した本件設計は、図面にもとづいて 者に工事費の見積をさせたところ、一億三、〇〇〇万円かかることが明らかになり、債務の本旨に従つた履行ではなかつた。さらに、最も重要な構造計算書が設計図についていなく、全く不完全なものであつた。

二  当事者間で従前取引のあつた設計においては、建築代金の0.4ないし0.8パーセントであり、これを本件の設計にあてはめると、本件設計がかりに完全なものとしても、本体工事費四、八〇〇〇万円の0.4パーセント(一九二、〇〇〇円ないし0.8パーセント(三八四、〇〇〇円)であり、仮りに相当報酬額を定めるとしても、以上の金額が限度である。

三  本件設計の報酬について、当事者間で二〇万円とすることの合意ができ、一審被告はその支払をしたのであるが、このような合意ができたのは、右二に掲げた計算のほか、これまでの当事者双方の慣習、一審原告が一級建築士事務所というのは看板だけで、実際には二級建築士の桧作勉が製作に当つており、複雑な構造計算をする能力がなく、そのために構造計算書が本件設計図についていなかつたこと等の事情により安い金額で合意ができたのである。

立証<略>

理由

一一審原告が設計、建築管理を業とする有限会社であり、昭和四四年二月一日ころ、一審被告から、原判決の請求原因2記載の建物(レストラン兼駐車場兼給油所、以下本件建物という。)についてその設計を請負い、同年七月二〇日その設計図を作成して一審被告に引渡したことは当事者間に争いがなく、その設計図が甲第一号証の設計図と同一内容のものであつたことは一審原告代表者本人尋問の結果(原審)によつて明らかである。(以下その設計を本件設計といい、その図面を本件設計図という。)。

二一審被告は、本件設計が設計依頼の趣旨と、工事費の点で全く異なるものであるとし、これを理由に債務の履行があつたとはいえない旨抗争しているので検討する。

<証拠>を総合すると、一審被告が、一審原告から引渡をうけた本件設計図にもとづき二・三の建築業者から総工事費の見積を徴したところ、一億円を越し、最高額のものは、エレベーターの費用を除いても一億三、九〇〇万円に達する見積が出されたこと、そのため、一審被告は本件設計図をそのまま使用して工事を施行することを諦め、訴外東工務店に依頼し、本件設計図を手直しのうえ工事を施行させ、総工費約七、〇〇〇万円(建物本体工事約四、八〇〇万円、整備工事約二、二〇〇万円)で本件建物を建築し完成したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

右の経過からみれば外形上はいかにも一審被告の主張にそうかのようである。しかし、後記認定のように本件建物の設計については総工事費の予定額が約一億円として設計の依頼がなされ、一審原告はその金額のもとに本件設計をしたのであり、前記の各見積額は右の総工事費の予定額より幾分超過しているものの、証人大井達、同植島優の各証言と一審原告代表者本人尋問の結果(原審および当審)とを総合すれば建築設計においては右の程度の誤差が生じることは通例としてありうることが認められ、また本件のような建築設計の特殊性から考えてもこのことは十分理解できるところであるから、見積額が前記の程度予定額を超過しても、このことが必ずしも契約をした当事者の意思に反した結果であるとは認め難い。なお、前記の程度見積額が超過したことにより本件設計が全く使用にたえないものとなつたかどうかという設計の実質からみても、証人東猛、同大井達の各証言によると、訴外東工務店が一審被告の依頼により、前記のように本件建物を建築したのであるが、その工事のための設計については、設備工事の部分は本件設計図中の該当図面をそのままほとんどにわたつて利用し建物本体工事の部分は、建物の構造を鉄骨造から鉄筋コンクリート造に変えたのみでそのほかは建物の外観、デザイン、内部の間取り、部屋の用途等のすべてにわたり、本件設計図を利用し、これとほぼ同様の図面を作成して使用したこと、本件建物は城の天守閣様の高楼を一部に配し、実用性のほか殊更に美観を重視した特殊の建物であつて、一審原告はその設計のため社運を賭し、研究、打合せ等を含め、五・六か月の期間を費し、多額の費用を投じて設計図を作成したのに、東工務店は前記設計図を調製するのに約一〇日間ほどの短時日と約一〇万円ほどの費用を要したに過ぎなかつたことが認められる(この認定に反する証拠はない。)ので、本件設計は見積額が工事費の予定額を超過しても、容易に一部の手直しを加え、これにより工事費を調節することができる余地をもち、十分実用にたえる設計であつたと判断される。

証人東猛、同大井達の各証言のうちには、本件設計のうち建物の構造を変更すると全く別個の設計になるかのような右の判断と異なる見解が示されているけれども、それは建築技術の面からとらえた設計観であつて、それとは別個に、設計の一部手直しの能否、難易、費用の多寡などを考慮のうえ、その設計が実用に供しうるかどうか(設計をした目的にかなうかどうか)を判断することは可能であるから、右の各証言は、前記の結論をとるのについて妨げとはならない。

以上の諸点から考えて、一審原告が一審被告に本件設計図を引渡したことにより、債務の履行すなわち請負にかかる仕事の完成があつたというべきである。

もつとも、本件設計図には建築確認申請に必要な構造計算書がついていないことは当事者間に争いがなく、この点が請負人たる一審原告の仕事の完成に対しいかなる影響をもつかが問題となる。証人植島優の証言によると、構造計算は書面に作成されたか否かにかかわらず設計の前提として必ずなされるものであり、本件においても一級建築士である右植島が設計に関与し、同人において構造計算を行つたものであつて構造計算書という書面の作成は建築確認申請の段階で作成されることも普通に行なわれていることが認められるので、構造計算書の作成自体は建物設計においては付随的、派生的な仕事と考えられること、また当事者双方の各代表者本人尋問の結果(原審および当審)によれば、当事者間においては本件設計図の作成、引渡をもつて、その当時、仕事の完成があつたものとして取扱つたことが認められることの各点からみると、構造計算書が作成されていないことは、建築設計請負の全体からみて仕事の瑕疵となるに止まり、仕事の完成があつたことを否定する事由とはならないと思われる。

二したがつて、一審被告は一審原告に対し、本件設計についての報酬を支払うべきであるから次にその額について検討する。

(一)  一審原告は、報酬額について、これを三五〇万円か少くとも二五〇万円とする合意があつたと主張し、一審原告代表者本人尋問の結果(原審および当審)には、少くとも工事金額の三ないし3.5パーセントの報酬を支払うという約束により設計の依頼をうけた旨、右の主張にそう部分があるけれども、一審被告代表者本人尋問の結果(原審および当審)と対比して、たやすく採用できない。そのほか本件の全証拠を総合しても、当事者間に報酬額を幾何にするかについて特段の約定(但し、一審被告主張の報酬二〇万円の支払の意義については後に判断する。)があつたことを認めるのにたりる証拠はない。

(二)  そうすると、本件においては、当事者間に報酬額の定めがなかつたものとして取扱わざるを得ないので、このような場合の報酬額については、業界内部の基準、当事者間の従前の慣行、仕事の規模、内容、程度等の諸事情を斟酌して相当の額を決定すべきである。

証人大井達の証言により香川県建築士会の建築設計管理業務規定の抜すいであることが認められる<証拠>によると、同県の建築士業界においては、建築設計の報酬は、工事費の額を基礎とし、これにその金額区分ごとに定められた一定の料率を乗じた金額の七〇パーセントを基準として注文者と設計請負者との協定により報酬額を定めることとされており、本件建物と同様種類の建物については、工事費の額が七、〇〇〇万円以上のときは右の料率が5.3ないし6.5パーセント、一億円以上のときは五ないし六パーセント(これは管理費用を含むので設計料のみのときは前記のとおりその七〇パーセントとなる。)とされていること、しかし現実の運用は値引きをして、更にその四〇パーセント以下で取引されることもあり、一般に右の基準よりかなり低い報酬額の取りきめがなされていることが認められる。

他方、<証拠>によると、当事者間においては、従前から一審被告のガソリンスタンド等の建築設計の取引があり、工事費の額が二〇〇万円から一、二〇〇万円程度の小規模の、主としてガソリンスタンド用の定型的な建物の設計についてであるが約0.6パーセントから一パーセント程度の報酬額が支払われてきたこと、これらの報酬額の取りきめは、おおむね注文者である一審被告から一方的に金額を申し出、設計者の一審原告がこれに従うという形で行なわれ、右のような低廉な報酬額の取りきめとなつていたことが認められる。

さらに本件建物の設計については、<証拠>によれば、本件設計のうち、設備工事の部分は訴外山崎電気有限会社が一審被告から設計を請負つて図面を作成し、その設計図を、建物本体工事部分と一体をなすものとして本件設計図の中に取り入れたもので、一審原告は設備工事部分については特段に自ら設計したとか、あるいは同訴外会社に対し設計料を負担したというようなことはなかつたことが認められる。

しかして、以上の各認定に反する証拠はない。

以上の業界における報酬額取りきめの実情、当事者間における従前の慣行、本件設計において、一審原告が現実に設計を担当した範囲のほか前記認定の本件設計が当事者間におけるこれまでの取引とは全く趣を異にした特殊な建物の設計であつて、設計の難しさの点は従前の取引における設計とは比較にならない点、一審原告が長期間にわたり、準備と多額の費用をかけて設計を完成した点、しかし、他方において、構造計算書がいまだ作成されていないという不足部分がある点などの事情を総合し、本件設計についての報酬額は本件建物の本体工事部分の工事費予定額の二パーセントとするのが相当であると認められる。一審原告は総工事費の予定額を基礎とすべきであると主張するがそうすべき合理的根拠は認められない。

(三)  そこで、本件建物の本体工事部分の工事費予定額が幾何であつたかを検討するのに、証人植島優の証言と一審原告代表者本人尋問の結果(原審および当審)によれば、本件設計は総工事費の予定額を約一億円として依頼され、一審原告はその金額のもとで本件設計を行なつたものであること、証人山崎一彦の証言によれば本件設計のうち設備工事部分の工事費予定額が約三、〇〇〇万円として設計の依頼があつたことがそれぞれ認められる(証人山崎一彦の証言の一部および一審被告代表者本人尋問の結果の一部には以上の認定と抵触する部分があるが右各証拠と対比して採用できない。)ので、本件建物の本体工事部分の工事費予定額は約七、〇〇〇万円と算出される。

したがつて、本件設計の報酬額は七、〇〇〇万円の二パーセントに当る一四〇万円とするのが相当である。

三一審被告は、本件設計の報酬を二〇万円とする旨、当事者間に合意ができその支払を了したと主張し、一審被告代表者本人尋問の結果(原審および当審)の一部には右の主張にそう部分があり、また一審原告が報酬として右の金額の支払をうけたことは争いがない。

しかし、当事者双方の各代表者本人尋問の結果(原審および当審)によると、右報酬二〇万円の支払の際には、本件設計の完全性について当事者間に争いがなく双方とも本件設計が注文どおり完全なものであるという認識のもとに、特段の異議も苦情もなく右報酬金の授受が行なわれたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

ところで、二〇万円という金額は、前記のような複雑困難な本件設計の報酬としては、従前の定型的な設計の場合の報酬に比較してはるかに低率の金額であり(工事費の予定額を前記一億円ないし七、〇〇〇万円として、それを基準とする場合はなおさらのこと、一審被告主張の本体工事費四、八〇〇万円を基準としても低くすぎる。)、一審原告がこのような過少な金額を本件設計の報酬のすべてとして甘受し、何らの異議も苦情も述べずに右金額を受領したと考えるのは不自然であつて、前記一審被告代表者本人尋問の結果は採用できない。むしろ右金額は一審原告代表者本人尋問の結果(原審および当審)のとおり、本件設計の報酬の内金として支払われたものと認めるべきである。そのほかには、一審被告の前記主張を認めるのに足りる証拠はなく、その主張は採用できない。

四以上のとおりで、本件設計の報酬は金一四〇万円であり、すでに内金支払のあつた二〇万円を除き残額は一二〇万円となるから、一審原告の請求は右金員とこれに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年一一月二三日から支払済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却すべきである。

よつて、一審原告の請求のうち八〇万円とこれに対する前記の日以降の遅延損害金請求を認容し、その余の請求を棄却した原判決は、以上の結論と抵触する限度で(四〇万円とこれに対する遅延損害金請求を棄却した範囲で)不当であり、一審原告の控訴は一部理由があるから、原判決中、右の請求を棄却した部分を変更し、一審被告の控訴は全部理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(合田得太郎 伊藤豊治 石田真)

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